近年、海外メディアでも多く取り上げられている中国ワイン。日本のワイン専門誌やWebサイトでも取り上げられるようになりました。
基本的な、中国のワイン造りの歴史や産地などは世界が注目!【中国ワイン】の知っておくべき歴史と産地をご覧いただくとして、今回は、もう一歩深い、中国のワイン事情をお届けします。
渡航歴12回を数える大の中国好き、加えてBELT&ROAD WINE AND SPIRIT COMPETITION(中国のワイン及びスピリッツの国際的なコンクール)の審査員も務めるワインのプロ、林やよいさんにたっぷりとお話を伺いました。
<前編>は、特殊な中国のブドウ畑から注目のブドウ品種までをご紹介します。
■旅好きシニアソムリエが語る!知られざる中国ワイン事情<後編>は こちら
林 やよい
JSA認定シニアソムリエ、WSET Level3、CPA認定チーズプロフェッショナル。ワインテイスター・審査員として国内外のワイン審査会や雑誌のテイスティング企画などに招聘され、参加多数。旅をライフワークとし、特に最近はアジア各地を中心に、バックパッカーしている。夢は、中国から陸路でワイン畑を訪ねながらのユーラシア大陸横断。他のソムリエがあまり行かないワイン産地への訪問を得意とする。
この記事の目次
ブドウの樹が凍る!?
ー中国は、世界規模で見ても恵まれた環境のブドウ栽培産地ですね。
林 やよいさん(以下、敬称略)
あれだけの広い国土なので、どこかしらに恵まれた土地がある、というのが中国の特権ですね。海沿いの暑いところから、内陸の気温の低い所、標高の高い所、低い所、適地を探せれば彼らは何でもやれてしまう。働き手が多いのも、それを可能にする一つの要因です。
―内陸の、冬がとても寒い地域は、ブドウの樹を土に埋めるとか。
林
一番寒いモンゴル辺りで-40℃まで下がります。新疆(シンキョウ)や寧夏(ネイカ)など、ブドウ産地でも-20℃とかになるので、この気温の中にブドウ樹をさらしておくと、樹が凍ってダメになってしまいます。
【POINT】
ブドウはつる性落葉低木なので、秋には紅葉し、冬になると葉が落ちて丸裸になってしまいますが、そんな姿でも当然生きていて、樹の内部には水が流れています。それが凍ってしまうと枯死してしまいます。
冬の寒さからブドウ樹を守る方法とは?
―冬眠している熊も、寝てはいるけど心臓は動いていて血液は流れているのと同じ状態、ですね。でも、どうやって土に埋めるのですか?
林
中国のブドウ畑も、ヨーロッパと同じように垣根仕立てがほとんどですが、(ブドウの樹は支柱とワイヤーで支えられているので)ワイヤーから枝を取り外し、幹の部分を倒して、土を被せます。朝顔の支柱を外した状態をイメージしてみてください。蔓が床に垂れ下がってしまいますよね。それと同じで、自立できなくなった幹や蔓を地面に沿わせて土を被せる感じですね。
毎年折り曲げて土を被せるので、幹が柔らかい若めの樹でないと難しく、通常よりも樹に負担はかかるので、高樹齢の樹にはなりにくいそうです。
photo:昔ながらの方法で支柱やワイヤーを使わずに育てられるブドウ樹(新彊ウイグル自治区にて)
林
ちなみに、エリアによっては(日本でもよく見かけるような)棚仕立てのブドウ樹もありますが、それも土に埋めるそうですよ。埋める期間は10月から3月ぐらい。収穫が終わってからすぐ、土を被せていく感じですね。
【POINT】
降雪量が多い地域では、ワイヤーから外して樹を地面に寝かせて越冬します。雪の重さで樹が折れてしまうのを防ぐためだけではなく、積もった雪の中に埋もれていた方が、最低気温が-3℃までしか下がらないからです。日本では空知地方がこのように越冬します。
ただ、降雪量が少ない地域で-20℃前後の気温になる地域では、“雪のお布団”がないので“土のお布団”をかぶせます。中国内陸だけでなく、北海道の内陸、十勝地方でも土を被せて越冬します。
林
そして、冬に樹を土に埋める産地の畑は、畝(うね=作物が植わっている列)よりも畦(あぜ=作物が植わっている列と列の間。人が通るところ)の方が一段高くなっています。これは、樹を掘り起こした後の土が畦に集まるのでこのような畑になっていて、埋めるときは畦の土を使用します。
世界中にブドウ畑とワイナリーを持つシャンドンがこのエリアに所有する畑も、同様に畦の方が高いので、この地域のブドウ栽培にとって合理的な畑の形と言っていいでしょう。
だから、アイスワインも造られる
林
これだけ冬が寒い地域なので、中国ではアイスワインも造られています。
―えっ!?アイスワインも!?確か、-7℃とか-8℃の中で収穫しなきゃいけないワインですよね?カナダ、ドイツ、オーストリアだけではなかったんですね。
林
そう、樹が凍ってしまうぐらい寒く、内陸性で気候が安定しているエリアもあるので、ドイツよりも氷結ブドウの生産確率は高いのではないでしょうか。
アイスワインの産地としては、シルクロードが省内の真ん中を走る甘粛(カンシュク)省のチベット高原近くのエリアや、北朝鮮の北側、国境にほど近い遼寧(リョウネイ)省桓仁満族(カンジンマンゾク)自治県などが有名です。
甘粛省ではリースリングを栽培し、遼寧省では、カナダのアイスワインで有名なヴィダルを栽培しています。黒ブドウからもアイスワインが造られることもあります。
中国は、ボルドーよりも適した産地!?
―品種と言えば、中国のブドウ産地全土でほぼ作られているのがカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、カベルネ・フランという、ボルドー主要3品種ですね。やはり中国人はボルドーワインが好きなんでしょうか?
林
好きというのもあるのかもしれませんが、カベルネ・ソーヴィニヨンの栽培に適した産地が多いからではないでしょうか。カベルネ・ソーヴィニヨンは晩熟のため、ブドウの収穫時期に雨が降らないというのはとても大事。砂質土壌で水はけがいいのも適しています。
その点から見たら、収穫時期の9月に雨が降るボルドーよりも、中国の方がカベルネ・ソーヴィニヨンに適した産地と言えるかもしれません。ゆっくりと果実が熟し、タンニンも果実味もしっかり乗ったところで収穫できれば、カベルネ・ソーヴィニヨン100%のワインも造れます。
それと、彼らは“産業”としてワイン造りを行っているので、消費者が求めるワイン(品種)を造る、というのは当然のスタンスですね。その意味からも、カベルネ・ソーヴィニヨンだけではなくメルローやカベルネ・フランを作っているのは、比較的早飲みできるワインを造ることによって、キャッシュフローをよくするため、でもあるのです。
中国で白ワインが好まれないワケ
―白ワインはあまり飲まないのですか?
林
ほとんど飲みませんね。各ワイナリーでも「一応、白ワインも造っていますよ」と紹介はしていますが、それほど力を入れていない感じです(笑)
もともと中国の人は、冷たい飲み物を飲む習慣が少ないのです。私がかつて旅行で訪れ、飲食店で「スプライト」を注文した時、冷えているのがいい?常温がいい?と聞かれて驚きました(笑)。だから、冷やして飲む白ワインは受け入れられにくいのでしょう。
しいて言えば、スパークリングワインは少しずつ浸透してきている感じです。もちろん、常温では飲みませんが(笑)
今や世界企業となっているシャンドンは、国内需要のあるものは国内で造る、という考え方があり、中国市場向けに寧夏でスパークリングワインを造っていますが、主力はドゥミ・セック。中国人の口に合い、中華料理にも合いやすい味わいを、ちゃんと調査して造っている感じです。
中国のアイコニック品種はなに?
photo: Marselan grape variety: Vbecart, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons
―スペインだとテンプラニーリョ、イタリアだとサンジョベーゼ、アルゼンチンだとマルベック、日本だと甲州といったように、今後、中国のアイコニック的になる品種だとどんなものがありますか?
林
マルスランでしょうね。世界でも注目され始めている品種で、南フランスなどでよく造られていますが、つい最近、ボルドーでも使用品種に認可されましたからね。温暖化の影響もあるのかと思いますが。
今年(2021年)、首都の北京市近郊の河北省がホストで、第1回マルスランコンテストを開催する予定となっています。コロナの影響でどうなるのかわかりませんが…でもそれくらい、栽培環境の適正から考えても、中国でも注目され始めている品種です。実際に優れたワインも多く、コンクールでも数々のワインが受賞しています。
【POINT】
マルスランは、カベルネ・ソーヴィニヨンとグルナッシュの交配から生まれた品種。2つの品種の“いいとこどり”をすることが目的で、遺伝子工学によりフランスの国立農業研究所(INRA)が作り、登録されたのは、1961年。比較的歴史の浅い品種です。乾燥した土壌と、暑く日照量の多いテロワールを好み、この環境下でゆっくりと熟します。
小粒の果実からは、濃厚な色合いで、アロマが豊か、タンニンは滑らかなしっかりしたボディのワインが造られます。
ラングドックや南ローヌでは、すでにいくつかのAOCで10%以下の補助品種として使え、また多くのIGPでも使用できるとあって、栽培が盛ん。ボルドーでも補助品種として使用できるという決定が下されたのは2019年。今年(2021年)の春、植え付けが開始になり、注目を集めています。
ワインは、気候風土とその国の文化慣習が反映される
今回林さんのお話を伺って、やはりワインというのは、その土地の気候・風土に適したブドウ栽培を行って造られる飲み物だということを、改めて認識しました。
そして「冷たい飲み物は体を冷やすから良くない」という東洋医学の観点が食文化として根付いていて、それが白ワインの需要が低いという、ワインの嗜好にも反映されている点は、なるほど!という納得感があります。
ワインの面白さに改めて気付かせてくれた「中国ワイン事情」は、後編にも続きます。
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■基本的な中国のワイン造りの歴史や産地などについて知りたい方は、世界が注目!【中国ワイン】の知っておくべき歴史と産地 をご覧ください。