ワインの基本を学ぶと、いろいろなことが分かってワインをよりおいしく楽しめるようになりますが、一方で「う〜ん、さらに分からなくなった…」という壁にぶつかることも。
ブドウ品種で言えば、リースリングがその代表格かもしれません。
キリッとしたスパークリング(ゼクト)、ミネラル感溢れるものからコク豊かなものまである辛口、爽やかな甘口、そして、アイスワイン、貴腐ワイン…と多彩なワインを生み出してくれるがゆえに、難解なイメージも。
■リースリングの基本を知りたい方は【自分好みのワインを知るための品種のハナシ】シャープな酸の白ワインを選ぶには をチェック!
そんなリースリングを徹底的に楽しもう!という“伝説のイベント”が、以前日本でも開催されていたことをご存じですか? 今回はそのイベントで来日した“リースリングの伝道師”と呼ばれるニューヨークの型破りなソムリエの話もお届けします。
まずは、リースリングの基本のおさらいをしつつ、ワイン通なら知っておきたいリースリングの話から始めることにしましょう。
この記事の目次
【基本のおさらい】キリッとドライ〜極甘口まで!産地も世界中にあり。
甘口から辛口まで、味わいのバラエティがとても豊富なリースリングのワイン。酸が豊かなブドウゆえ、辛口タイプはキリッとした酸味が最大の特徴で、甘口タイプもただ甘ったるいだけのリキュールのようなお酒にならないよう、程よく味わいを引き締めてくれる酸味があります。
リースリングに不可欠な酸は、冷涼な気候や標高の高さ、昼夜の寒暖差といった生産地の特徴(テロワール)が大きく関係して生まれます。産地としては、ドイツとフランス・アルザス地方の二大生産地を筆頭に、オーストラリアのクレア・ヴァレー、カナダやアメリカ北部など世界各国で栽培されています。
■リースリングの基本を知りたい方は【自分好みのワインを知るための品種のハナシ】シャープな酸の白ワインを選ぶには をチェック!
「リースリング=ペトロール香」と思っている人、古いですよ!
ワインのテイスティングを学んだ人で「リースリング=石油のようなオイル香(ペトロール香)やセルロイドのようなにおいがある」という固定概念に縛られている人はいませんか?
この“ペトロール香”、確かにリースリングのワインに出やすい香りではあるのですが、絶対ではありません。むしろ、近年では強いペトロール香はオフフレーバー(異臭)だと捉える生産者も多くいます。
“ペトロール香”の正体は、TDN(トリメチル ジヒドロナフタレン)というもの。主にワインの醸造や熟成の過程で生成される化合物で、ブドウの果皮に含まれるカロテノイド(β-カロチンなどを含む天然色素の一群)がTDNの元となる物質です。
水不足の暑い環境下で生育したブドウを原料としたり、特定の酵母を使って発酵させたり、長い熟成を経たり、比較的高い温度環境下で保管されたりするとTDNの生成は増える傾向に。どんなワインにもTDNが含まれる可能性があるので、リースリング特有とは限らないということも、ワイン通なら覚えておきましょう。
伝説のイベント「リースリングリング」って知ってる?
2009年から行われていたリースリングリング(Riesling Ring)というイベントをご存じでしょうか?
コンセプトは「ドイツを母国とする偉大なリースリング(種)の多種多様な魅力を、世界各地で発掘・賛美・賞味されるワインを、愛好家たちが集まって、共に友情を育み、知識共有し、共感の輪を広げていきましょう」というもの。
残念ながら、2018年を最後に現在は行われていませんが、世界各国のリースリングワインの試飲や講演を主としたイベント、レストランでのメニュープロモーションなどが行われていました。
この「リースリングリング」発足のきっかけとなったのは、実はドイツではなく、アメリカのニューヨークで2008年に行われたサマー・オブ・リースリング(Summer of Riesling)というプロモーション。
期間中、加盟店で提供するワインをリースリングのみとして、当時のニューヨーカーたちの「リースリングは甘口」という固定概念を覆し、多種多様なリースリングワインを広めるという、かなり挑戦的なプロモーションでした。以降、これに賛同するレストランやワイナリーが増え、日本の「リースリングリング」のみならず、世界各国でも開催されるようになっていきました。
すべての発端となった「サマー・オブ・リースリング」の創設者の名は、ポール・グレコ。 “リースリングの伝道師”とも呼ばれるポールのインタビューを、次にご紹介しましょう。
(注:インタビュー取材は、2014年4月に行われたものです)
“リースリングの伝道師”、ポール・グレコ
ポール・グレコは、カナダ・オンタリオ出身。NYの名店「Gramacy Tavern」でアシスタント・ゼネラルマネージャーを務め、料理界のアカデミー賞と言われるジェームス・ビアード賞の「最優秀サービス賞」と「最優秀ワイン・サービス賞」を受賞。
その後独立し、「Hearth」、ワインバー「Terroir」の共同オーナー兼ソムリエとなり、2008 年にリースリングの祭典「サマー・オブ・リースリング」を仕掛け、2012年には「最優秀ワイン、ビール、スピリッツ専門家」のタイトルが授与されています。
こうして経歴を並べるとスーツをビシッと着た人物をイメージしてしまいますが、さにあらず!パンクなTシャツ&ジーンズが基本で、とてもエネルギッシュ。世界各国のさまざまな文化が入り交じるNYのレストランシーンで活躍してきただけあって、人を惹きつける魅力に溢れています。
挨拶もそこそこに「お客さんにワインリストを見ることをいかに諦めさせるか。それが僕の勝負なんだよ」と語り始めたポール。
「とにかく会話なんだ!好きな味わい、その日の気分、いろんな思い出、あと、もちろん予算ね(笑)より多くの会話を僕自身も楽しみながら、そのお客さんにとって最高のワインを味わってもらう。会話こそが僕のホスピタリティなんだよ。」
聞いているだけでこちらも自然と笑顔になりましたが、話を聞くうちに、素朴な疑問が頭に浮かびました。
「なぜ、リースリング?」
「ポールにとって、リースリングの魅力って何?」
「リースリングの何が、ポールを突き動かしているんだろう?」
ポールはこう語ります。
「それは、Complexity(複雑性)さ!複雑ということは、分かりづらいということ。分かりづらいということは、なかなか浸透しないということ。人はまずシンプルで明快なものから受け入れるからね。」
なるほど。
「でも、複雑ってことは、見方を変えれば、バラエティ豊富で、魅力に溢れていて、エキサイティングってことだと思わないかい?リースリングは、芳醇な貴腐ワインからキリっと爽やかな辛口まで、いろんな顔をもっている。僕は昔から人があまりやらないこと、やりがいがあってエキサイティングなことを選んできた。だから、シャルドネじゃなくて、リースリングなんだよ。」
固定概念にとらわれず、個性を楽しめ!
「リースリングリング」のセミナーでは、哲学者ニーチェの言葉をポールは引用していました。
Convictions are more dangerous foes of truth than lies.
信念は、真実にとって嘘よりも危険な敵である。
ちょっと難解な哲学者の言葉ですが、“信念”を“思い込み・固定概念”と置き換えて解釈すると、ポールの伝えたいことがスッと理解できます。
固定概念にとらわれていては、本当の姿は見えてこない。
いろいろな個性をまずはありのままに受け入れ、それぞれの良さや魅力を見出しながら、次にみんなと分かち合う。
分かりづらいことを、楽しみに変えればいいんだ。
ポールの話を聞くと、“人種のるつぼ、サラダボウル”と表現されてきたニューヨークのスタイルでもあるなと気づかされます。複雑性、多面性、個性を受け入れ、それぞれの魅力を深掘りしていくことで、文化を育んでいく…リースリングのワインを通じて、生き方や哲学の世界まで話は広がりました。
NYで始まった「サマー・オブ・リースリング」を皮切りに、世界中で楽しまれているリースリングの多彩なワインたちは、複雑だからこそ面白い!
あなたも、ポールの言葉を胸に、もっとリースリングのワインを堪能してみませんか?